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くらしのおと。

24時間、365日をいきている。

英語が苦手という自意識を投げ捨て、こどもと一緒に楽しむ未来を描こう

ブログの紹介にも書いたとおり、そろそろ英語が苦手だという自意識を投げ捨てて、前を向くことにしました。

こどもが生まれてからその好奇心とやる気に満ちあふれた姿をながめていて、いちばん近くにいるおとなが後ろ向きで言い訳ばかりではよくないと思ったことがきっかけですが、こどもがもうすこし大きくなったら一緒に英語を楽しみたいという目標もできましたので、ここに至るまでの逡巡を語ってみます。

義務教育の頃からかなり長い間、わたしには英語が苦手だという意識がありました。

中学生時代から高校まで、英語はギリギリ平均点でしたし、とどめに高3の夏に英検準2級(高校中級レベル)に落ちたので、当時はほんとうに苦手だったのだと思います。

 

それから20年の時を経て、現在のわたしは以下のような客観的評価を得られるようになりました。

  • TOEIC940点取得
  • 英語が8割の職場で働いていて、仕事が速くて正確と評されている
  • 英語の勉強のしかたを聞かれることがままある

にもかかわらず、主観的評価はあいかわらず「苦手なんですよねぇ……」のまま、ヘラヘラしている。これは、クズですね!クズです。大事なことなので2回言いました。

 

客観的評価と主観的評価がかけ離れるに至った心理的背景についてはいろいろと思うところがありますが、事実としてあるのは、このような態度はわたしに仕事を任せ、評価してくださっている方たちにも、わたしに英語の勉強法を尋ねてくださった人たちにも、とても失礼な態度だということです。

よい評価にもかかわらず自己卑下を繰り返すのは、「あなたたちの評価などわたしにはなんの影響もありません」すなわち「あなたたちなど取るに足りません」というメッセージを暗に送っているようなものです。

そうやって予防線を張っておけば、うまくいかなかったときに言い訳ができるんですよね。「だからあれほど『苦手です』って言ったじゃないですか」って。

 

言い訳をして、自意識を守ることには成功しているのかもしれません。だけどそれは仕事をする意識としてはどうでしょう。もちろん誰しも失敗はあります。そのときに「やれるだけのことはやりましたが力が足りませんでした」と言うか、「だから苦手だって言ったじゃないですか」と言うか。これだけのことで、その後の評価はずいぶんと異なるように思います。

正直、後者はカッコよくない。

向上していく可能性も感じられず、苦手の殻の中にこもって言い訳を重ねる未来しか見えません。

 

こんな姿を、これから未来にむけて可能性を伸ばしていくこどもに見せていてよいものか? 今は評価してくださっている方たちも、このような姿をみればいつかわたしを見限るのではないか? そう考えて、もうやめようと思いました。

 

こどもは育てたいようには育たず、育ちたいように育つといいます。実際、教えたことはあまりしてくれません。こども本人がしたいと思うことを、いつの間にか真似していることの方が多いです。だから、こどもがうまれてから、こどもに真似をしてほしくない行動を少しずつやめてきました。

こどもの前では少しはカッコいいおかあさんでいる方がいい。

ま、いつもカッコよくいると疲れてしまうから、こどもの見ていないところですこし(たくさん?)息抜きはするけれど。

こどもが私の仕事中の姿を見ることはないけれど、仕事に対する姿勢はかならず日常に現れてしまいます。たとえば何気ない会話の端々に、すこーし気を抜いてしまったときに、ふとこぼれ出る。そして、その一瞬が取り返しのつかない一瞬である可能性もある。だから仕事に対してはカッコいいおかあさんでいたいと思います。

 

また、苦手という感覚があるのは、その対象に問題意識を感じられるということでもあり、ひいては克服する対象として立ち向かうことができるということでもあります。苦手感はアドバンテージにもなりうる。

せっかくなので、苦手だ苦手だと繰り返して終わるのではなく、難しさや奥深さを味わったうえで、ひとつひとつ課題としてクリアしていこうと思うのでした。

 

暗いと不平をいうよりも、すすんで明かりをつけましょう(心のともしび)

 

そうやって前に進もうと考え直して、いま2歳のこどもがひたむきに日本語を練習している姿を毎日ながめていると、かなえたい未来図をひとつ描くことができました。

こどもと一緒に英語を楽しみたい。

いま2歳のこの子は英語が義務化された小学校に入学することになります。また、現在通う保育園では3歳児からは英語で遊ぶ時間があるみたいです。そのとき、英語をすきになるかきらいになるかはまだわからないけれど、新しいうたを覚えて帰ってきたとき、宿題でロールプレイングをするとき、テスト勉強を頑張っているとき、そんなときに一緒に楽しめるおかあさんでいたい。なんなら、お休みの日くらいは、ちょっといいお茶とお菓子をほおばりながら、のんびりと英語でおしゃべりできたら楽しいかもしれないな。こどもがつきあってくれるといいな。

わたしたちがこどもの頃とはちがって、今の時代のおかあさん業は、ほんとうにいろいろなスキルを必要とするのだなあと思っています。

 

というわけで、今日からまた気合を入れなおして英語に取り組もうと思います。仕事で毎日使っているとはいえ、どうしても読み書き中心になってしまう分、それ以外のスキルは意識しないと衰えてしまうんですよね。うん、がんばろう。