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くらしのおと。

24時間、365日をいきている。

思い出し育児日記#2 爆誕ベイベー

思い出し育児日記、第2回はうちのこの誕生の瞬間の悲喜こもごもをお送りします。マザーズクラスやマタニティヨガを通じて「よい出産」を胸に抱き、待ちに待った出産予定日を迎えたわたしの明日はどっちだ!

ま、前回の最後に書いたように「前期破水から無陣痛で出産(緊急帝王切開)」という、コウノドリサクラ先生もびっくりの展開があったわけなのですが…。

第1回をまだ読んでいない方は、第1回からどうぞ、

出産は前期破水から

それは出産予定日前日のことでした。

出産が近づき、先生が「最低60分は歩け!」と鬼軍曹スタイルに方針転換したため、昼間は花見をかねて歩き回っていました。ついでに体力をつけるという名目で焼肉も食べました。ウヒヒ。

夜は22時頃まで写真の整理。めどがついたところで寝ようかなと立ちあがると、プチン!という感覚があり、その後ダラダラと脚をつたい落ちる液体。出産前後は尿モレするというけどこんなにひどいの?と思いながら確認すると、臭いがまったく違い、破水だとわかりました。慌てて産院に連絡、寝かかっていた夫を起こして車で送ってもらいました。

 

ちなみに前期破水とは陣痛が起こる前に卵膜(子宮の中でこどもを包んでいる膜)が破れてしまうことです。膜が破れることでこどもの感染リスクが高まりますが、通常はその後、自然に陣痛が起こるものらしいです。

 

LDR入院

産院に到着したのは日が変わる直前だったと思います。出てきたのは落ち着いた様子の助産師さんで、テキパキとLDR(陣痛分娩室)に案内されました。破水を確認した後は、あっという間に着替えさせられ、ベッドに押し込まれました。

そして、現時点から出産までの見込みを説明されました。「破水しているので陣痛が起こるのを待つけれど、翌朝まで陣痛がつかないようならこどもの感染リスクを下げるために陣痛促進剤を入れて早めに出してあげることになるでしょう」とのことでした。

開業医で夜間は医師不在でしたので、翌朝いちばんで診察することになりました。

することがない夫は家に帰されました。

 

羊水混濁

環境が変わって気が立っていたのか眠れず、点滴を入れていたのもあり夜中にトイレに起きました。

ところが、拭いたあとの色がなんだかおかしかったんですよね。透明ではなくて、ドロドロと緑がかったような濁った色をしている。

慌てて助産師さんを呼びました。

「明日の診察を待つことになるとは思うけど」という前置きのあと、「自然に陣痛が起こらなければ帝王切開になる可能性が高い」と言われました。

 

翌朝の診察、起こらない陣痛

翌朝は8時頃に先生の診察を受けました。やはり陣痛が起こらなければ夜に応援を呼んで帝王切開になるとのことでした。

陣痛促進剤を使えないのかと聞くと、促進剤で強い陣痛がきたときに、こどもが胎便で汚れた羊水を呼吸器に吸い込んでしまい、重い感染症を起こすリスクがあるため、使わないとのことでした。

夜までに自然に陣痛がくるようなら自然分娩になる可能性もあると、一筋の希望は残してくれましたが。

あまり現実感がないまま、夫に連絡しました。夫は「帝王切開ってどういうことよ?!」と言いつつも、ふつうに出勤していきました。のんきです。

待てども待てども陣痛はきませんでした。何度かNSTノンストレステスト)でおなかの張りとこどもの様子を確認してくれましたが、こどもは元気に暴れている(時々心拍が取れない場所に移動してしまう)のに、おなかの張りは自分でもはっきりわかるくらいに、まったくありませんでした。

 

陣痛を待ちながら

NSTの最中はLDRにひとりでした。夫は会社に行ってしまったので話す相手もいません。20日前に出産した妹に時々LINEは送りましたが、それを除けば向き合うのは自分自身とおなかのこどもだけで、妊娠中のあれやこれやを思うと泣けました。

「豆腐しか食うな!」と言われて食事制限をがんばったり、妊婦検診のたびに大きくなるこどもに喜んだり、よいお産のためにたくさん歩いたりマタニティヨガに出てみたり。

わたしは、こどもが出てきたいタイミングで陣痛のスイッチを押せるよう、できることはしてきたと思いますし、いざこどもがスイッチを押したら、いちばん楽に出てこられるようにしよう、がんばって出てくるこどもを応援しながら産もうと決めていた。

しかしこのポンコツの身体はそんなあたりまえのことも許してくれないのかと、身体と精神の連携があまりよくない、自分の性質を呪いながら泣きました。

すると、NSTのモニターを見ていた助産師さんにバレました。医療機器おそるべしです。笑

 

助産師さんに教えてもらったこと

様子を見にきた助産師さんは愚痴も泣き言もすべて飲み込んでくれた後に言いました。

おかあさんはきっとできることは全部してきて、こどものためにこうしてあげたいとかこうありたいという想いを持っていて、でも、どうやって生まれてくるかを決めるのはあかちゃん自身だから、そこはおかあさんもわたしたちもどうにもできない。だからあかちゃんが決めた生まれ方を、わたしたち大人は見守って手助けしましょう。

そしてこうも言いました。

ここが開業医ではなく、もっと設備の整った大きな病院でマンパワーがあれば、陣痛誘発剤を試すことくらいはできたかもしれない。でもここは開業医だからリスクを取ることはできないし、どうしても安全側の判断をすることにはなる、と。

産院選びの段階ではそこまで考えませんでした。その情報、妊娠初期の段階で欲しかったです……。

 

緊急帝王切開決定

夕方にもういちど診察を受け、緊急帝王切開が決定しました。提携病院に連絡をし、手術の時間も21時過ぎからと決まって、さて同意書にサインを!と、なったところで「旦那さんは?」

夫、朝の段階で帝王切開になるかもと連絡をし、昼には書類も写メしてたのに、帝王切開は夜だからと定時までのんびり仕事を続けていた!

慌てて電話で呼び出し、同意書は間に合いましたが、することがない夫。急いで来たからお腹が空いたと陣痛用のお菓子をボリボリ食べていましたとさ。

 

緊急帝王切開、そしてこどもとの対面

手術は粛々と始まりませんでした。

導尿の管が痛いだの手術室が寒いだの麻酔の感覚が気持ち悪いだのしゃべりまくり、「おかあさんになるんだからもうちょっとしゃんとして!」と、助産師さんにたしなめられる始末でした。

手術が始まってからは麻酔の先生といろいろしゃべっていた記憶があります。一方的にクダを巻いていたともいう。眠いと言ったら「すぐ終わるから起きてて」とたしなめられました。

おなかをゴソゴソされ、グイッと広げられるような感覚の直後に元気な「ンギャー!」をききました。

うちのこ、誕生。2948gの女児でした。

すぐに顔の近くに連れてきてくれ、感動の対面。小さなお手手と握手して、おかあさんだよと言ってみると「ンギャー!」と元気にお返事してくれました。かわいいなあとホロリとしたのも束の間、吸引の処置しますねー!と連れていかれてしまいました。

その後はズビビビビビ!ンギャー!ズビビビビビ!ンギャー!の繰り返しでした。元気なンギャー!が聞こえるたび「おるよー」と声をかけていましたが、聞こえていたかしら。

その間、わたしのおなかはさくさくと閉じられていきましたが、先生方がわたしのおなかではなく、ゴルフの話をしていたのをわたしは忘れていませんからね?

 

この日、こころの中はほんとうに悲喜こもごものジェットコースター状態でたいへんなことになっていたのですが、頭のかたすみにいるすごく冷静なわたしが、「ちょwリアルやwリアルコウノドリwww」と場を和ませたいんだかなんなんだかよくわからないツッコミを入れていたことをはっきり覚えています。

サクラ先生は縫合中にゴルフの話なんてしません!

 

個室にて

手術が終わり、いっせーの、よいしょ!と持ち上げられ、ストレッチャーに乗っけられ、ガラガラと運ばれ、もう一度よいしょ!で、ベッドの上でした。

両脚に血栓防止のためポンプを装着され、腕には同じく血栓防止と感染予防と痛み止めの点滴と、なかなかの重装備です。

そういえばこの時間はいつもおなかの中からぐりぐりされていたのに今日はしないなぁなんて考えながらぼんやりしていると、こどもが連れてこられました。

きれいに拭いてもらったようで、ちいちゃくてあかくて、まさに「あかちゃん」。胸元に乗っけられて、まあるくなっていました。

初乳をあげるように言われましたが、出たのか出てないのかよく覚えていません。

というか、カンガルーケアの最中、気が抜けたのかうとうとしてしまい、これがどこぞのサイトで読んだカンガルーケア中の事故になるやつかと内心おそろしかったです。ヒィ! そのうちこどもは回収されていきました。

翌日から大変だから眠るようにと助産師さんに促されてもまったく眠れず、安定剤の点滴を入れてようやく少し眠れました。

大仕事を終えて眠りに着いたにもかかわらず、ほんとうに大変だったのは翌朝からだったのです!

 

してよかったこと

助産師さんが気持ちの整理を手伝ってくれたので、急な展開にも関わらず納得して出産に臨むことができました。

妊娠前からCOOP共済(女性型)に入っていたので、高額療養費の返還と合わせると少し焼け太りました……。

 

しなくてよかったこと

陣痛がこないと分かっていたら、あんなに毎日歩かなかったのに……。

実は育児休業がとれるかどうかの瀬戸際だったので、予定日5日前くらいまではおなかのこどもには「まだ出てきちゃダメー」と言い聞かせていたんです。それが、5日前からは「もうそろそろ出てきていいよ~、遅れるとおとうさんの仕事が詰むからなるべく予定日に出てきてね~」に変わりました。そしたらほんとうに予定日ぴったりに出てきてくれて、なんていうか、こどもって律儀なんですね。でも自力で出てこれないタイミングで卵膜破ってまで出てこようとしなくていいのになあというトホホ感が残りました。

 

したほうがよかったこと 

産休に入ってからは出産のイメージづくりをしていましたが、なまじ経過が順調だったばかりに正常分娩以外をまったく想定しておらず、自然な出産、理想的な出産のイメージばかりふくれあがっていたのだと思います。いざ正常にお産がすすまないとなったとき、現実との落差に大混乱してしまいました。あまり理想的なイメージばかり持たず、それ以外のパターンも考えておけばよかったです。

緊急帝王切開にはなりましたが、うちのこは生まれたときからとてもかわいかったし、2年たった今でもまだまだ可愛いです。不妊治療したから/陣痛がなかったから/帝王切開したから愛着が形成されないなんてことはありません。ない!

 

次回、「新生児期編①産院ブートキャンプ」に続きます。